投票箱が空であることを確認してきました!!!

やったぜ。

 
参議院議員選挙投票日です。投票箱が空であることを確認するために、本当は徹夜しようと思っていたのですが少し寝てしまって、はっと起きて急いで支度して投票所の前まで来ました。6時10分。一番乗りでした。6時24分に2人目のおじさんが来て、この2人が確認役となりました。
 
待っていたら、3人目と4人目のおじさんが話している内容が面白かったです。
「戦争反対だけど、中国になめられちゃいけないからねえ」
「小沢さん15%にするって言ってたけど、今は8%に変わったんだよね」
蓮舫なら中国人が味方になるしいいかも」
そういう考え方をするのか、と参考になりました。特に、小沢さんが消費税を15%にすると言っていたのは、おそらく民主党政権の頃のことなので、そういうことをちゃんと覚えているんだなと感心しました。
 
 

投票箱を確認する人は事前に名前と投票所入場券の番号を記録されます。不正があったら困りますからね。そして7時、投票所の中に入り、投票箱が空であることを確認します!!!

 
 
なんだかあっさりで拍子抜けしました(笑)
 
 
ついで、って感じで、僕なんか真面目に確認して「空です」と言っているのに、おじさんの方は「はいはい」といった感じで、さっと確認する素振りだけして投票ブースに向かっていました。まあ、箱の中に他の紙が入っているわけがないし、職員も見てるし、職員も基本的に不正をするつもりはないわけで、どうしても形式的な作業になりますよね。
 
でも、僕は学校でこの仕組みを習ってからずっと投票箱の中を確認することに憧れていたので、一回できてよかったです。開票作業の時に出しやすいように、広い面のところがパカっと開くんですよ。豆知識です。これからはもうやらなくていいかなと思います(笑)一回できたので、これで「これやったことあるんだけど」って自慢できますからね。
 
投票所に行く前に投票先ははっきりと決めておいたほうがいいと思います。地域により違うかもしれませんが、漢字がずらずらと並んでいて、横幅が圧縮されているので非常に読みにくいです。僕みたいな視力に問題のない人にとっても非常に読みにくいです。全く事前知識を入れずに投票所に向かっても困るだけですし、うろ覚えだと見つけられない可能性があると思います。書く名前は事前に選挙区、比例の一つずつ、はっきりと決めておくことを強くおすすめします。

『平和憲法の深層』(古関彰一)

報道2001』で片山善博が、投票する前に憲法の本を新書でもいいから1冊読んでほしい、ということを言っていた。私もそう思う。

タイトルからは想像つかなかったのだが、この本は歴史を記したものである。日本国憲法が作られたあの時にどのようなことがあったのか、それを解き明かしている。歴史的な記述が大半を占めるが、新書らしく、近年の改憲騒動についての政治的な記述もある。しかし、政治的な部分については明確に政治的だとわかるものになっているので、読む際に警戒する必要はない。
この本によると、日本国憲法における『平和主義』とは昭和天皇のことばから取られたものであり、また生存権等の社会権については鈴木安蔵による憲法草案から取られ、GHQによる日本国憲法に反映されたという。
ただ個人的には、これを根拠に「押し付け憲法論」を否定するというのは阿呆らしいと思っていて、どちらにしろアメリカによる占領下でアメリカの作った憲法をもとに受け入れたのだから日本国憲法は押し付けられたものであり、しかし本文にあるように当時の日本国民はそれを押し付けられたから問題だなどと言った阿呆なことは考えなかったし、本文中に引用された加藤周一の言うように「よく消化されて、もはや自分のものとなっている」わけで、押し付けられたからなんだという話と考えている。
政治的な話としては「平和」という言葉の使い方である。戦時中から昭和天皇は「平和」のために戦争を行ってきており、しかし敗戦後すぐに「平和国家の確立」をするということを勅語として出している。これからは字面だけの「平和」ではなく、平和国家の確立、平和国家の建設を達成するんだという意志がそこにはあったのだ。しかしこの理想は数年で崩れ、自衛隊が組織され、冷戦に巻き込まれ、日本は戦争国家としてこの60年以上を過ごしてきた。本文中ではそう書かれていないが、『平和安全法制』なるものはまさに偽りの「平和」使用の最たるものであり、吹き出しながら、日本は戦中なのだなということを強く意識した。

平和国家の建設のために、著者は国家連合による警察権をもった組織を勧めているが、その評価は脇に置いておこう。今現在まだ国家の軍隊による爆撃、虐殺という構図が続いている理由は、単に手段を誤っているのではなく、軍隊側に対して虐殺行為を推奨する何らかの力が働いているのではないか、と感じるからだ。
軍縮」が全く言われなくなっているというのはその通りで、60年以上放置されてきたことにより、日本国憲法が無力とされていることが悔しい。平和国家を建設するために何ら努力をせず、日本国全体で日本国憲法を形骸化させてきたことがどれだけ重い事実であるのか。「軍拡」に未来がないことは誰の目にも明らかなのだから、本気で世界平和を実現するために動かなければならない。あの瞬間、アメリカにより日本国憲法を押し付けられ、数年で朝鮮戦争により豹変したアメリカに軍隊(警察予備隊自衛隊)を押し付けられた。日本国民が誇りを抱き生きるためにはどちらが必要なのか、皆さんも胸に手を当てて考えてほしい。日本の国是として何が相応しいのか、どんな日本なら愛せるのか。何のために経済成長し、科学技術を発展させ、日本そして世界から貧困を解消してきたのか。字面だけではない平和国家の建設こそ我々が成すべきことなのだと私は強く思う。

平和憲法の深層 (ちくま新書)

平和憲法の深層 (ちくま新書)

シャーロットお姉さんによる参議院議員選挙の選挙制度、投票方法解説

皆さんこんにちは。シャーロットよ。

今日は参議院議員選挙の投票方法について解説するね。え? 投票所に行って適当に書けばいいって? まーそうなんだけどさー。でも、せっかくの機会だし、有意義な投票にしたいじゃない。んん? どうせ候補者名と政党名を書けばいいんでしょって? いやさ、そう単純じゃないのよ実は。やっぱりあなたには教える必要がありそうね。

 

参議院議員選挙では、選挙区制比例代表制の二種類の投票をいっぺんに行うの。

選挙区制は、みんなが住んでる都道府県ごとに候補者が出て、単純に獲得票数の多さを競うのよ。一人しか枠がないところは一番得票した人が、枠が二人あるところは一番目と二番目に多く得票した人が当選するわ。単純ね。

選挙区制のポイントは、誰が当選しそうとされているか、ってこと。もちろん、みんなの政策を眺めてみて、一番良さそうな人に投票するというのもオーケー。でも、自分の投票する人がまるで当選しそうになかったり、反対に何人かある枠のうちぶっちぎりで当選しそうってこともあるのよ。例を見てみてね。

例A 選挙区 改選議席2 得票予測

リホコ 150000票

ハルカ 30500票

サエ 30000票

ツカサ 20000票

ミヤ 2000票

 

あっ、わかりやすいように票数で例を出しちゃってるけど、選挙前の新聞記事では「先行」「接戦」「猛追」のような表現で書かれるよ。例えば、上のような票数が予測されている時は「リホコが有権者に広く浸透している。ハルカとサエは激しく競り合う。ツカサがこれを追う。ミヤは独自の戦い。」みたいな感じかな。こういう予測が出たときには、ミヤに投票してもどうせ当選しないし、リホコに投票しなくてもどうせ当選する、ということがわかるよね。もちろん、ミヤちゃんのことが好き!他の候補みんな嫌い!って感じなら、ミヤちゃんに入れればいい。でも、選挙後に結果として残るのは、当選か落選か。ミヤちゃんに票入れても、握手してもらえるわけじゃないし。だから本当はミヤに入れたいけど、サエよりはハルカ先輩を当選させたい、そう思ったら、こういう時はハルカに入れるのがいいかもね。

 

参議院議員選挙比例代表制は、非拘束名簿式の全国比例なの。どういうことかというと、政党名ではなく候補者名を書いてもよい、地域ごとのブロックには分かれておらず比例で出る誰にでも投票できる、ってこと。でもちょっと待って! 候補者名を書く時には注意しなきゃいけないことがあるの。

例B 比例代表 アンコウ党

サオリ 400000票

ユカリ 2000票

ミホ 1500票

マコ 5票

ハナ 3票

政党名 3000票

 

この場合、アンコウ党は政党として名簿登載者の個人得票と政党票を合計した406508票を獲得したことになるわ。この後、政党ごとにドント式って方法で議席が割り当てられるんだけど、ドント式はちょっと説明難しいのでWikipediaでも見といてね。そうやってドント式で計算して、もし割り振り議席が4つになったら、個人得票の多い順に4人が当選するの。つまり、上の例だとマコまでが当選ってことになるね。(ちょっとこの例は極端だけど。)実際に票を集めたのはサオリだけで、政党名もユカリもミホもそんなに得票してないし、特にマコなんて5票しか取っていないのに当選することになっちゃう。まあ、アンコウ党はサオリを中心にしてみんな仲良く一致団結してるみたいだし大丈夫そうだけど。とにかく、非拘束名簿式の比例代表制候補者名を書けるけれど、その政党を支持したことになってしまうのに注意ね。逆の例として、当選の見込みは全くないけれど個人的に好きな人が名簿に載っていて、名前を書いて投票した場合も、同じ政党に個人名得票で上回る人がいたら、自分が投票していない人の議席獲得のための一票になってしまう、ということ。参議院議員選挙比例代表では候補者名も書けるけれど、まず政党名でどこに入れるかを判断して、その比例名簿の中で当選させたい人を探して候補者名を書く、こう覚えておこう。どうしても好きな候補者がいる場合は、得票予測を見て、その候補者のいる政党が比例でどれだけの議席を獲得できるかに注目ね。

 

ふぅ、疲れた。お姉さんの話ちゃんと聞いてくれたかな? 投票日は7月10日。だけど期日前投票もあるから、7月10日空いてないって人は先に投票を済ませちゃおう。考えて投票しないのはいいけど、何も考えず投票しないのはもったいないとお姉ちゃんは思うな。数年に一度のイベントなんだし、国政選挙は楽しまなくちゃ。特に参議院議員選挙政権選択選挙ではないから、気楽に投票できるのがいいよね。じゃあそんなところで……って、なんで寝てるのよー! やだもー!

映画感想「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」

客層:ニコニコブスビッチが二組、気持ち悪い男が二人、気持ち悪い私
ニコニコブスビッチは内容を知っているらしく隣のビッチに解説している。私は上映を待っている。ニコニコブスビッチという単語はアメリゴベスプッチに似てて面白いなと思った。このへんで予告編が始まって、以後は見終わった後に書いた文章になっている。


なぜこんな映画を見に来たのか、言い訳をしておこう。ツイッターにななみねというアルファツイッタラーがいて、彼が何回もこの映画を見て面白い面白いと言っているのだ。アホかと思った。タイトルを見てみろ。「ずっと前から好きでした。〜告白実行委員会〜」こんなアホなタイトルの映画が面白いわけがないだろう。公式サイトを見るといかにもスイーツ(笑)なイケメンとちゃお女子が並んでいる。おまけに原作者がニコニコバカ野郎ときた。死んでも見るものか。
しかし、運が悪いことに、私の財布には1000円で見られる割引チケットが入っていたのだ。話は遡って約1年前、私はある映画を見るためにとあるシネマグループの会員になった。その映画は面白かったし、たしかあと割引券で1回見れば元がとれるくらいだったので、その時は満足していた。その後、元を取ろうと時々上映スケジュールをチェックするのだが、その映画館で扱われる映画はアイドル物、ニコニコ物ばかりで全く見る気にならない。毎週チェックしていれば以前見たような良い映画をやった瞬間もあったのだろうが。そうして、割引券の有効期限が迫ってきていた。他に見る理由のある映画はない。僕はため息をつきながら、ニコニコブスビッチとともに劇場のシートについたのであった。


結論から言うと、この映画は面白い。


面白くないか面白いかで言ったら面白いというくらいで、必見だとか映画史に残るというものでは全くない。極めてスタンダードな映画だけれど、戦前予想されていたようなスクリーンの前から逃げ出したくなる映画ではない。


以下ネタバレを含みます。


「ずっと前から好きでした」とは、冒頭の団子ビッチの告白セリフであり、いきなり言ってしまうのだが、直後に恥ずかしがってそれを冗談、予行演習ということにしてしまう。そうして、なんだか深夜アニメのオープニングのような映像、主題歌から始まるのだが、深夜アニメとは違い1時間程度で終わる作品のため、延々と寒いやり取りを繰り返されないところが反ラブコメ派としては助かっている。
団子ビッチ、アカリ、合田美桜(名前がわからなかったのでWikipediaを見ました)の3人は仲が良くて、団子の恋愛を2人は応援しつつ、2人もそれぞれに恋していたり、恋していなかったりする。ちなみにこの3人で男を取り合ったりはしない。


面倒なので結論から書くと、このアニメの作者は童貞なのかなと思う。望月くんという俺みたいなイケメンがいるのだが(ちなみにこのアニメに出る女は全員外見美少女であるし、男は全員外見イケメンなのだが、普段美少女動物園でブヒブヒ言っている者としてはここを批判できないため気にしないことにする)、彼の恋愛観が童貞すぎる。そして恋愛がうまくいってしまう。望月くんの急な告白(何しろ会話したことがそもそもほとんどないのだ!いきなり告白っておかしいだろ!これぞ童貞の妄想!)が成功し、めでたく仲良くなるのだ。普通はいきなり告白すると気持ち悪がられ嫌われるだけなので、皆さんは注意した方がいい。しかし、望月くんの告白に対してアカリが付き合うと返さず、(イケメンなので)拒否もせず、あくまでケーキ食べに行こうという形でキープを選択しているあたり、アカリはなかなかのやり手、ビッチであり、今までもそうやって何人も男をたぶらかしてきたのであろう。望月くんに同情する。


一方の団子ビッチはひどいもので、冒頭の告白相手ではない別の男、灰色男に誘われ、ハニーワークスの(これはハニーワークスの宣伝アニメなので劇中にハニーワークスが出てくるのだ。女ボーカルに男バンドがついている、まあ平たく言うと内部でヤッてそうなバンドという感じの奴らである)ライブに一緒に行ってしまう。自分のライブを不倫に使われるハニーワークスは、これでいいのか?イメージ悪くならないか?一応そのライブ中の歌詞で団子ビッチが過ちに気づくという演出があるのでいいのか。そうしてライブの帰り道、灰色男が団子ビッチを抱きしめる。そこに告白相手のイケメンが現れてシュラバラバンバ、修羅場になるのだ。イケメンは灰色男が公道で女を抱きしめたことに対し「TPOがなってない」とか言い出すけど、周りに全然人いないぞ?チャリで横を通るオバサンくらい出してもよかったと思うが、むしろTPO的にも何も問題ないのにもかかわらず、必死になって女を引き剥がすイケメンを強調したセリフなのかなと思う。最終的にはイケメンと団子ビッチが結ばれ、灰色男は涙を流す。ここで男ならこの灰色男にまともな恋の始まりでも予感させてやれよと思うのだが、そのまま悲劇として終わらせるあたり、いわゆる女向けアニメだなと思う。灰色髪のイケメン悲恋者、幼なじみパワーの前に運命的に敗れ去る。まさにドストライクでそこらへんの女はキュンキュンだろう。


このアニメの良かったところは、美男子美少女なんてそもそも恋愛に苦労しないだろリア充どもめ!という点を除き、他に違和感を生じさせる展開がなかったところだ。かなり強調された演出では、団子ビッチは灰色男とのライブに他所ゆきの服を着て行くのだが、イケメンと一緒に歩いたり最後イケメンに告白するところでは下にジャージを着ている。普段顔アップが多いこのアニメにあって、ジャージを履いている足元をはっきりと映すシーンがある。これは「そのままのキミを幼なじみに受け入れてもらう」という意味だろう。一箇所でもこういうところがあるだけでかなりまともに作品として見られる。男が車道側を歩いているのも注目に値する。世の中のニコニコ中高生どもはこの映画を見て学ぶといいだろう。童貞丸出しな望月くんの恋愛観を除いて。あと、地味に気に食わなかったのが箸の使い方で、食物を挟んだ後に箸を上に向けて食べている。これから見る人は弁当のシーンでアカリの箸の使い方を見ていてほしい。もちろん作画、アニメとしての都合なのだろうが、品がないなと思った。


さて問題は、この映画が女にウケるのか?というところ。団子ビッチを愚かに描いているし、妙にベタベタするシーンもエンディング後の30秒くらいだし、男同士が異常に顔を近づけたり、男が女の耳に息を吹きかけたりするシーンもないし。(ちなみに頭ポンポンはあります。実は隠していたのだけれど、大好きな映画ズートピアで唯一不満なのは頭ポンポンがあるところです。ここでこっそり不満をぶちまけておきます。)こんなので一般的な女が面白がるのなら、いわゆる女向けコンテンツというのはそこまで女だけの方を向いて作られなくても良いのではないか?と感じた。スクリーンのキャラクターが笑ってて観客が白けるような、変にスベったシーンがない、それが良かった。ものすごく良いアニメかというとそんなことは全くないけど……でも悪くなかったよ。正確に覚えていないから書かなかったけれど、セリフ回しも工夫されているしね。イケメン教師がガンダルフだった。灰色男がかわいそうだなと思った。

競馬は即刻廃止すべきだ

毎日駅を通る。柱にも天井にも張り巡らされた広告が、嫌でも目に付く。なぜかこの一週間の広告は一色、赤色に染まっていた。笑福亭鶴瓶と、あと名前を知らない男と女が満面の笑みを見せている。その笑顔の下には、白文字で日本ダービーと書かれている。何に対しての笑顔だろう。毎年6000頭以上の馬が屠殺されていることに、だろうか。
 
日本競馬は即刻廃止すべきだ。なぜなら、日本競馬は文化ではなく、何千頭もの馬を殺して金を得る産業になっているからだ。
 
もともと馬というのは、他国への侵略手段として、遊牧民族等の移動手段として、あるいは使役用として人間に利用されていて、そこから古代の競馬が起こり、さらに近代競馬が生まれた。イギリスで近代競馬が始められたのは貴族の娯楽としてであり、それは今でもそうなっている。例えば2011年にはエリザベス女王所有のカールトンハウスという馬が英国ダービーを勝つかと言われ、結果3着に敗れたが、貴族階級が嗜む文化として成り立っていることがわかる。
日本の競馬はどうだろう。日本にはもともと欧州のような馬文化はない。初めから欧州の猿真似として導入されている。「天皇賞」だのと大層な名前をつけているが、天皇陛下は馬主ではない。馬主といえば社台社台社台パチンコパチンコ、個人馬主に目を移すと北島三郎佐々木主浩?とても貴族の文化とは言えない。下品な人間が金を使う場所となっている。
そして、その裏では毎年何千頭もの馬が殺処分されている。皆さんは競走馬の最後をご存知だろうか。
種牡馬繁殖牝馬になれるのは競走馬の中でもごく一部のみ、良血と呼ばれる馬のみである。ただし、いくら競走馬として実績をあげていようと、種牡馬として結果が出せないと5年もたずに廃用になる。種牡馬繁殖牝馬になれなかったり、繁殖に回ったのにもかかわらず結果の出せなかった馬はどうなるのだろう。
乗馬?乗馬として生涯を終えられるのはほんのわずかな競走馬、気性が非常によく、その中でもたまたま運の良かった馬だけしか乗馬にはなれない。馬肉?いや違う。競争用に改造されてきたサラブレッドは馬肉にすらなれないのだ。無駄にエサ代や場所代をかけないために、さっさと薬殺されるのが常である。毎年何千頭も。毎年何千頭もの命を無駄に殺して、ニコニコと馬券を手に叫ぶのが日本競馬なのだ。こんなスポーツ、ギャンブルは他にはない。プロ野球選手やサッカー選手は人格まで改造されないし、宝くじは紙だ。パチンコは金属と電気代だ。競馬は何千もの命を消費している。現代において、こんなものを存続させておく理由はない。きちんと引退競走馬の問題に向き合っているアメリカ、貴族文化として言い訳ができる欧州とは違い、日本競馬には残すべき文化としての側面など何もない。薄汚い恰好をしたオヤジども、下品な罵声、空に舞う馬券、何もかも汚らわしい。伝統を守れと言うのなら、下総御料牧場の輸入牝馬の血だけ残していればいいのであって、大々的な広告を打ち巨大な競馬場を建て何千もの命を粗末にし市民から銭を巻き上げる必要はない。日本競馬は文化としてではなく、政府の集金システムとして繁栄しているのだ。毎年、何千頭もの馬を殺しながら。
 

 

最強の競馬論 (講談社現代新書)

最強の競馬論 (講談社現代新書)

 

 

 
 

映画『ズートピア』と『踊る大捜査線』

以下は一応主要なネタバレをしないように書く。

 
現在公開中の映画『ズートピア』は凄い。極めて政治的な内容ながら、説教臭さゼロのエンターテイメントにしていて、面白いし、笑えるし、かつとても泣ける。私は開始1分でもう泣いてしまった。
 
肉食動物と草食動物が仲良く暮らしている「ズートピア」だが、それは建前だけで、実際は種族間の差別が蔓延している。その中で、ウサギで初めて警官になったジュディが、手がかりのほとんどない難事件を引き受けてしまう。きちんと作られているので、物語というものに詳しい人なら先が読めてしまうのかもしれないが、私はどうなるんだろうどうなるんだろうと思いながら見ていた。
 
一番泣けるシーンは、ジュディの記者会見だ。このシーンを描くために映画が作られたと言ってもいい。とにかく泣いたシーンだった。
 
面白い映画なのだが、グーグルが「クライム映画/アクション」と表示してくるように、ハッピーハッピー見られる映画ではなくて、少し暗いシーン、怖いシーンがある。もっとも一般的なSF映画にすら到底及ばないレベルなので皆さんは気にしなくていい。
 
この映画を見ていて唯一引っかかったのは、小さな話なのだが、警官の仕事として駐車違反の取り締まりをかなり下に扱っていること。もちろん誘拐事件やスピード違反逮捕に比べるとつまらない仕事なのだろうが……。一方、映画『踊る大捜査線』はテレビでしか見たことがないが、たしか所轄が担当する小さな事件の捜査が、本庁が担当する誘拐事件の重要な手掛かりにつながるという流れがあり、カタルシスを生んでいた記憶がある。もっとも、『ズートピア』にも「人助けをして、後から報われる」という展開はあり、部分的にも全く問題はない。ただ映画を見ていてふとそんなことを思い浮かべてしまい、本筋には関係ないものの、ちょうどブログのタイトルとしてよかっただけだ。
 
 
 
『ズートピア』はものすごく良い映画なので、ぜひ見てみてくださいね。こんなに政治的な話をこんなに面白く作るディズニーはすごいし、大きな話ではかなわないなと思いました。

ここでの乗降禁止

劇場版響けユーフォニアム(総集編)を見てきたので感想を少しだけ。

僕が響けユーフォニアムで一番好きなシーンはカットされていました。また、カットされなかったシーンでも人物描写の関係で部分的に削られたところがあり、不満です。完成度の高い作品だからこそ、どう削っても不満のある総集編になると思います。本編が好きな人は本編を見ればいいし、まだ見たことのない人は本編の響けユーフォニアムを見るべきです。

総集編の追加シーンは演奏部分と、あと2期用のキャラの顔見せ?があっただけで、わざわざ見に行くものではありません。深夜アニメの総集編という商売については、2期や他作品のために仕方なくあるのだとは思いますが、基本的に本編自体にとってはマイナスだと思っています。ファンはがっかりするし、新規の人には劣化版を見せることになるからです。

個人的な作品の感想は書きません。

本編を見た時には気づかなかったのですが、田中あすかは部活を辞めるんですね。総集編で新たに描写が追加or変更されたのか、もとの自分の見方が悪かったのかはよくわかりません。2期では全国大会に加えて、そういうものが描かれるのでしょう。