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【コラム】本とタイトル

タイトルを見ないで本を読むことはほぼ不可能だ。もちろん、例えば青空文庫で、友人に写しのコピーを貰うという形なら可能ではあるのだが、自分から本を読むという行動をとる場合にはタイトルが目に入ってしまう。裏表紙に書いてあるあらすじを見ないようにしても、タイトルだけは見えてしまう。

 

何種類も出ている有名作品の翻訳本には、タイトルが異なるものも多い。「十五少年漂流記」=「二年間の休暇」もそうだが、先日「審判」=「訴訟」というのを見つけ驚いた。「審判」を読んだことのある方ならわかると思うが、この小説は「審判」であって「訴訟」ではない。私はそう感じた。しかし、数日考えてみると、小説全体を考慮したものとして「訴訟」というタイトルをつけるのは、決して変ではない。さらには、どうやら原題は「訴訟」という意味らしい。タイトルというものは難しい。

 

 

 

ここからは浅いレベルの話に入る。良いタイトルにはついつい釣られてしまう。一般にも本はタイトルが9割と言われているし、私の家にもタイトルだけで買った本が何冊も積まれている。しかし、今の時代、本当に読みたい本を選ぶのなら、あらすじを見たり、反則ではあるがレビューを見ることで、ほとんどの地雷を回避することができる。タイトルが良いだけの悪い本は蔓延らないはずなのだ。

 

 

コドクの中のワタシ (1) (まんがタイムKRコミックス)

コドクの中のワタシ (1) (まんがタイムKRコミックス)

 

 

 

 

新しいメディアである電子書籍は、物体を運ぶコストをかけずに本を届けられるので、本来かなり安く販売できるものである。しかし今のところ日本では、日常的にそこまで安売りはしていない。特に新刊は、実本の価格と同等程度の値付けがされている。しかし、電子書籍の書店は当然、実書店よりも販売にかかる費用が安いため、かなり頻繁にクーポンを発行し、数十%OFFで本が買えるというお得感を出している。それに釣られた時、私の脳に浮かぶのは、タイトルが頭に残っている作品となるのだ。

この「コドクの中のワタシ」は、タイトルに惹かれたものの、あらすじを見て購入を踏みとどまった作品の1つだ。タイトルには「孤独」「私」というあからさまな自分向きの釣りワードが含まれており、しかもまんがタイムきららである。買わないわけにはいかない。しかしあらすじを読むと、

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平々凡々な女子高生・中野真由が編入したのは、犬ミミしっぽ娘、超能力娘、吸血鬼、自称天使、ナゾの宇宙人という、フツーじゃない生徒たちが集う特殊クラスでした。 ちょっぴり不思議なクラスメートたちと過ごす日々は、やっぱり不思議なことだらけ! 「放課後アトリエといろ」の華々つぼみが贈る最新作、いよいよ登場です!

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とある。つまり、自省的でもなくコミュニケーション不和にスポットライトを当てた作品でもなく、ただの不思議系萌え作品なのではないか。レビューを見てもそのような感じなので、書店で見かけても釣られずに終わったのだ。

 

しかし、この作品が800円ではなく、今なら300円程度で買えると言われたらどうだろう。タイトルには惹かれており、頭から離れない。ハズレでも出費は小さくて済む。仕方ない、読むしかない、そうなってしまうのだ。

 

 

 

「コドクの中のワタシ」の感想としては、別にキャラがかわいくないわけでもないし、そこそこ面白い4コマ萌え漫画だとは思う。しかしこの漫画のタイトルが「コドクの中のワタシ」というのはどう考えてもおかしい。主人公は通う高校を親により勝手に変更させられ、特別クラスに入れられる。そこは上述の通り特殊な女の子たちが集まっているクラスであり、主人公は「普通の人間」として、それらの生物に対しどんな影響を及ぼすのか、といったものを測るための実験台として入学させられる、という設定である。しかし、そこに例えば「奇妙な生物ばかりでやっていけないつらい死にたい」→「種類の違う生命体でさえも、しっかり話せば分かりあえるんだ!」といったカタルシスもなければ、現実における障碍者とのコミュニケーションと対比させるような奥深さも一切なく、もちろん裏の組織による陰謀といった要素も何もなく、主人公は全く孤独ではないし「私」を見つめたりもしない。初めからただ女の子同士表面的に馴れ合う漫画なのだ。タイトル詐欺である。

 

しかし、いくらこの漫画がタイトル詐欺であったとしても、そのタイトルにより私が電子書籍を購入したという事実は残る。それは、私が本当に満足した本を買った時と変わらないし、私が読めば満足するはずなのにもかかわらずタイトルによって日の目を見ない本よりは「評価」されたことになる。

 

やはり「本はタイトルが9割」なのだろう。