『心が叫びたがってるんだ。』感想

中心となる登場人物は、声を出せなくなったヒロインの成瀬、心優しいイケメンの坂上、リーダーシップのある美女の仁藤、高身長野球部ヤンキーの田崎という4名です。
映画の中ではLINEのようなメッセージのやり取りと一般的なメールアプリの両方が出てくるのですが、LINEのメッセージについても「メール」と表現していたのでここではどちらもメールとして取り扱います。

成瀬が声を出せなくなった理由は「自分のおしゃべりが原因で(ラブホテルだとわからずに、ラブホテルから出てくる父親のことを母親に話してしまい)両親が離婚することになり、その時に父親にお前が悪いんだと言われ、ハンプティダンプティに口を閉じられた」からです。映画の開幕からいきなりラブホテルのシーン、離婚、ハンプティダンプティと一気にいくので、初めから少し現実から離れた映画だとわかるようになっています。これは観客の心にゆとりを持たせる方法だと思います。ハンプティダンプティはこの後もう一度、終盤に登場します。

言葉は人を傷つけるからと喋らなくなった成瀬ですが、メールはふつうにできます。それ言葉じゃないの???
成瀬は「地域ふれあい交流会」の委員に指名されると、嫌がって教室を飛び出しながら声を上げます。つまり、声を出せなくなったのではなく、出せるけれど普段声を出すことはない、というレベルのようですが、地域ふれあい交流会の委員に指名されるまでクラスメイトの前で声を出したことはありませんでした。高校2年生なのに。もちろん委員が嫌なのはわかりますが、授業中休み時間放課後と丸1年以上学校で声を出さなかった彼女が声を出すタイミングとして、委員への指名というのは変だと思います。丸1年以上おそらくそうしていたように、拒否の文面を書いて担任教師に見せればよいのではないでしょうか?
成瀬は坂上とやり取りをしますが、この時の成瀬の所作がキモオタ専用ディナーという感じで吐き気がします。この先何度も吐き気を催しながら見ることになりました。成瀬がそうして坂上に心を開き(ふつう、自分の両親が離婚した経緯について、今やり取りし始めたばかりの人に言わないでしょうから、心を開いたのでしょう)やり取りするようになった理由は、坂上が弾いたアコーディオンの音色に惹かれたからです。何の理由もなく音楽で人がわかりあえるというこの押し付けは、本作の結論につながってきます。
仁藤は中学時代に坂上と付き合っていました。この事実は、田崎が仁藤と付き合おうとし、仁藤が拒否する会話の中で出てきます。成瀬は(設定に無理がありすぎて)気持ち悪いし、とりあえず優等生の仁藤を中心に見ていくかというところでこの恋愛脳な展開が唐突に出てくるので、吐き気がします。
成瀬は普段声を出すとお腹が痛くなるのですが、ミュージカルのように声を出せば痛くならないと気づきます。しかし、この発見は全く活かされることなく、ふつうに声を発してお腹を痛めたり、ケータイを突き出して文字のやり取りで話します。これが完全に肩透かしで、もし音楽の素晴らしさを伝えたいのなら、ここから先、成瀬が全編ミュージカル調で話すようにすればよかったと思います。成瀬がミュージカルするのはこのあと一回、「地域ふれあい交流会」のミュージカル本番だけです。
成瀬がお腹を痛め病院に連れて行かれた後、成瀬の母親(成瀬が喋らなくなってしまい、近所から変な人扱いされるので、成瀬にも辛く当たっている)が成瀬を叱るのですが、それを坂上に見られ、指導されます。ここが明らかにおかしくて、本当の母親なら成瀬を自宅に連れ帰った後しばき倒します。病院の待合室で、坂上たちがいなくなったかどうか確認もせずに怒鳴り散らしたりしません。本当の母親なら他人に見られないタイミングで子どもを殴りつけるのです。これは当然母親に改心する機会を与えたい製作者側の都合なのでしょうが、今まで成瀬を腫れ物のように扱ってきた母親がこの程度で改心するというのもおかしくて、雑な脚本になっています。
最終的に、成瀬は坂上に惚れていたのに(それまでも、考えたミュージカルの内容から、成瀬が坂上に惚れているのは明らか)、坂上が成瀬のことを別に好きではないと知ったため成瀬は逃げ出し、ハンプティダンプティに出会い、例のラブホテル跡地に行きます。坂上はそれに気づきラブホテルに向かい、成瀬の言葉を引き出し、告白させ、断ります。成瀬が密かに坂上を想っているのは前からわかるので良いのですが、坂上が自分のことを好きではないと知って飛び出すあたり、成瀬も恋愛脳です。この一連のシーンでのメッセージとして、成瀬が喋れないのは殻に閉じこもっているだけであり、殻を割れば話せるようになるというのがこのアニメの結論です。これは話せない人にとって非常に暴力的なものであり、このアニメを真に受けた全国のキモオタが無口な女の子を惚れさせ殻を割ろうとするのではないかといった不安が、僕にこの感想文を書かせるきっかけとなりました。上述したようにこのヒロインはメールの文面ではふつうに話せたり、アコーディオンの音色が気に入ったくらいで自分が話せなくなった理由をそれまで話したことのない男に語ったりするような人間なので、喋れない部分について殻がどうこうというものではなく、吃音症やコミュニケーションの問題でもなく、あくまでキモオタにとって都合の良い2次元の女子高生であることを強調しておきます。
坂上が成瀬を連れ戻し、ミュージカルを成功させエンディングとなるのですが、最後は田崎が成瀬に好きだと告白し、成瀬が驚くところでエンディングです。最後まで恋愛脳でした。

評価としては、今まで見たアニメ映画では並ぶもののない最下位、すべての映画の中でも最低ランクのゴミクズ害悪映画です。ラブホテルやグロテスクなキスシーン(いちゃもんではなく、明らかにわざとグロテスクに描いているキスシーンです)を入れてハッタリをきかせ、中身はスカスカというだけで終わらず、間違った描写や間違ったメッセージを発しているところがさらにマイナスポイントです。
あえて良かったところを書くと、野球部絡みの部分はまあ見られるもので、坂上が田崎を挑発したら田崎の友人である野球部キャプテンの三嶋が掴みかかるところとか、田崎が後輩に陰口を叩かれて一度怒ったものの、まず自分の振る舞いを謝りにいくところとか、他の部分がドロドロで汚なかったぶん、わずかに青春を感じるものでした。藤原啓治役はポジション的に都合は良いのですが、あまり出過ぎなかったので良かったです。水瀬いのりの歌声は作中設定として綺麗でなければならないのですが、文句なしに綺麗でした。ただこれらの部分は本当に些末な枝葉なので、作品の評価を上げるものにはなっていません。「伝えたいことを言葉にして伝える」という芯があるはずなのに、それをぶち壊すいいかげんな設定、崩壊した脚本、物語的に感動させるクッションも何もなく、適当にスワッピングしてるだけ。『チンコが入れたがってるんだ。』『マンコが入れられたがってるんだ。』あたりに改題したほうがいいと思います。終わりです。