『明仁天皇と戦後日本』(河西秀哉)

私の中で天皇といえば明仁だ。平和を愛し、被災者の言葉に耳を傾け、内閣総理大臣最高裁判所長官を任命し、褒章を授与する存在。私は個人的に今上天皇を緩やかに尊敬しているが、なぜ尊敬しているのかはよくわからない。

 

この本では、明仁天皇が皇太子だった頃から非常に政治的な存在であったことが書かれている。皇太子の頃からこれだけ色々な取り上げられ方をされ、戦争を起こしてしまった昭和天皇に代わる日本の戦後を象徴する存在として政府、マスメディアが一体となって利用したというのには驚く。そして皇太子としての政治利用が済んだ後には、明仁自らが戦後日本の象徴としてあるべき姿を模索し、行動として示していく。その平和を祈る行動原理の根本となったのは、戦後に受けた家庭教師からの教育であることも述べられている。

 

明仁天皇により作られた大衆天皇制は明確に大衆の支持を集めている。しかしそれは、天皇という伝統権威だけによるものではなく、皇太子時代からの政府、マスメディアが一体となった政治利用の上に、更に本人による平和への祈り、それを行動として示すための努力が積み重なってできたものである。明仁天皇が尊敬されているのにはちゃんとした理由があってのことであり、もしこれから先、未来の天皇が戦争を望んだり沖縄を切り捨てたり弱者を見下したりした場合、その瞬間から大衆天皇制は崩壊し、ただ名前だけの存在になるのではないかと思う。自分が今上天皇を緩やかに尊敬しているのは、決して異常なことでも、マスメディアの工作により操られているだけというわけでもないと、自分の中では納得がいった。

 

さて、明仁天皇が生前退位の意向を述べられ、世論調査ではその意向が支持されている。

「生前退位 認めたほうがよい」84% NHK世論調査 | NHKニュース

その一方で、政府は特例法で一代限りの対応にしようとしている。

「生前退位」 特例法軸に 政府、皇室典範に付則追加案 :日本経済新聞

これは明仁天皇の意向とは全く異なる。

象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば:象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば(ビデオ)(平成28年8月8日) - 宮内庁

部分的に引用するのは失礼かとも思うが、具体的には

我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ,これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり,相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう,そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく,安定的に続いていくことをひとえに念じ

と、これまでとこれからの天皇の歴史を考えての意向だと示されており、政府のやり方は明仁天皇の思いとは全く異なる。

当然、お言葉の前には政府関係者とのすり合わせもあったはずであり、その中でこのような明仁天皇の考えとは明らかに違う方針がなぜ上がったのか、不思議でならない。

 

この本を読んで、私は天皇制に対して、つかず離れずの距離でいようと思った。日本国天皇のために生きるのでもなく、天皇制を身分差別として撤廃を求めるのでもなく、緩やかに、天皇が良いことをしていたら天皇偉いなあと思う程度の距離でいいし、それを許してくれるのが大衆天皇制なのではないかなと感じた。

 

 

明仁天皇と戦後日本 (歴史新書y)

明仁天皇と戦後日本 (歴史新書y)