映画『52ヘルツのクジラたち』感想 「お前は52ヘルツのクジラではない」と障害者バッシングのあいだ

映画公式サイトより

〈52ヘルツのクジラ〉とは、他の仲間たちには聴こえない高い周波数で鳴く世界で1頭だけのクジラのこと。

本作は、このような孤独な者たちのお話かと思われるでしょうが、違います。

主人公の女は父親の介護を母親に押し付けられている上に、父親の病状が悪化したのはお前の介護が悪いせいだと母親に殴打されます。このような状況の主人公を救ってくれたのが学生時代の女友人とその仕事仲間のイケメン男でした。この学生時代の女友人は、この後も映画の最後まで主人公に味方して、主人公がひっそりと移り住んだ田舎まで探し出して追いかけ、そこで孤児を育てると決めた主人公に全面協力までします。彼氏だっているのに。こんなめちゃくちゃ世話焼いてくれる謎の友人を持っておいて、なにが52ヘルツなんだ?お前は52ヘルツのクジラじゃないよ。僕が自殺しようとしているところや現在の荒んだ境遇を学生時代の知り合いに見られたら、ヒソヒソ笑われて終わりだよ。あんな助けてくれる人なんていないよ。意味がわからない。どう考えても52ヘルツのクジラの話ではなく、良き友人と社会制度の支えによって主人公が立ち直っていく話でしょ。結論は「持つべきものは友だね」としか思えない。友達いない奴はさっさとタンクローリーに轢かれて死ねって言われてるんだよ。ふざけんな。タイトルを取り下げろ。僕から孤独すら奪おうというのか。

 

そう感想を書いて終わろうと思ったのだが、考えを改める出来事があった。Twitterにおける異様な障害者バッシングだ。車椅子の障害者がイオンシネマを訪れた際の鑑賞後に来場拒否の対応をされ、それを呟いたところ、イオンシネマ側が対応の謝罪と設備の改善を発表したという話があった。この話はこれで良かったねで本来終わっているはずなのだが、Twitterでは元の発信をした障害者叩きが収まることがなく、

  • 自分も障害者だが~
  • 従業員を攻撃するな
  • 差別ではない 個人の発言を批判してるだけ
  • 障害者を差別する方向に社会を進めるべき

といった誤読、曲解、極論等ありとあらゆる手段を用いて障害者への差別を発露する人達が大量発生した。僕ははっきり言ってこの人達には本当に呆れていて、差別が極めて甘美な娯楽なんだなということと、差別をするために都合の悪い文章や法律・歴史は平気で無視できるんだなというのを見せつけられ、非常につらい気持ちになった。

映画の話に戻る。もちろん、『52ヘルツのクジラたち』はフィクションであり、フィクションの登場人物を切り捨てるのは別に問題ないだろう。しかし、この主人公は親に暴力を受け、親の介護を強要され、その点で明らかに自分よりも厳しい境遇に置かれているのは間違いない。こういった人物を「お前は52ヘルツのクジラではない」と切って感想を終えるのは、それはフィクションであるから問題はないとしても、容易に巷の障害者をお前の苦労なんざ大したことないと断じてしまう姿勢に繋がってしまうのではないか。このフィクションの主人公は少なくとも作中で親からの暴力が明示されている以上、親から暴力を受けている人物への評価であるということには最低限留意して言葉を使うべきなんじゃないか。そう考えを改めて、私は言葉をしまうことにした。

というわけで、以下、それ以外の本作へのツッコミ要素について語って終わる。

イケメントランスジェンダーと仲良くしているのを専務が恨む描写があるのだが、これ、私は専務がイケメントランスジェンダーを自分同様の性欲魔人だと思い込んで勝手に盛り上がっているだけだと解釈していたら、実はイケメントランスジェンダーも主人公女を(専務の思い込み通りに)性的に愛していたというオチにはずっこけた。いやまあ道中読み取れなかったのは私が悪いんだけどさ、この設定はトランスジェンダーは女を愛するから男になるんだという異性愛脳の思い込みを助長してしまわないか?別にトランスジェンダー異性愛者がただいただけのことなので仕方ないんだけどさ……。

あと、専務が病室にいきなり出てくるところからのくだりがあまりにも幼稚すぎて、それまでのところも別に良くなかったけどさ、この専務という悪役は話のレベルを落とし過ぎだと思う。ただ、今キーボードを前にして振り返ってみると、この設定は被雇用者vs雇用者という正しい対立構造を見せるために必要だった(ヤンキーやホストに惚れると被雇用者同士の争いになってしまう)ということなのかなと、今では無理矢理納得している。鑑賞中は全然納得できなかったけれど……とにかく専務周りのところは話が現実離れしていてアホらしいんですよ。あんな悪い専務はいても、会社の事故から病室にいきなり来てあのように恋愛関係に落とし込むのはどう考えても不可能だし、愛人にしてバレてのくだりもアホらし過ぎる。もう少しなんとかしてほしかった。

以上。全然好きじゃない映画ですが、話のタネになるポイントが有りはするので、ブログで取り上げてみました。