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『GAMBA ガンバと仲間たち』感想2 映画版『冒険者たち』の良い点

予定を変更して第二回は映画版の良かったところについて書いていく。変更点に絡む場合は原作の内容についても言及する。

 
原作再現としては、「こっちも海だ!」のシーンをやってくれたこと。ガンバは海を夢見て住み慣れた我が家を後にしたのだから当然といえば当然だが、冒険を感じさせる名シーンだ。また、イタチの造形はとても良かった。とにかく怖い。ガンバ、ヨイショ、イカサマの3匹でイタチ1頭を倒すシーンはおそらく原作にはなかったものだが(原作において、イタチは見えている暴力性よりも未知の怖さが強調されている)、非常に良いアクションシーンであった。
 
映画オリジナルとしては、船でまずボーボが姿を見せるといった伏線を入れた上で、ボーボの死を忠太にも悲しませたのはよかった。原作の儚い死とは違うが、映像的に、これもまた良いなと思える方向の改変だ。また、原作ファンだからこそ驚くのだが、オオミズナギドリたちの攻撃でノロイが死なず、さらに巨大化して襲いかかってくる。これもまた良改変で、原作ファンだからこそビビる。ノロイの首筋に皆が噛みつき、ネズミたちの力でノロイを沈めるのだが、ノロイが沈んだ後、ガンバの姿が見えない。ガンバはノロイと共に沈んでいき、さらに、ノロイが最後に伸ばす手がガンバを掴もうとするその瞬間、潮路がガンバを救い出す。原作ファンにとってはここに来て未知の展開なので、ガンバが死んでしまうかもしれない、と、かなり緊張感をもって見ることになる。最終的には、ガンバも潮路も生き残るのだ。ボーボは死んでしまったけれど、原作よりも素直なハッピーエンドになっている。潮路に別れを告げ走り出す場面は、いかにも日本ドラマらしいが、ベタでありながら良い。話としては原作の悲劇性のほうが好きだが、潮路の父親が犠牲となって皆を守る(父親を止めようとする忠太を潮路が制止する)→潮路が危険を承知でツブリと共に海に飛び込みガンバを救い出す、というのは、きちんと命の物語として成立していて問題がない。もちろん、個人的には「ぼくは、ぼくは君を愛して……」のほうが好きだ。これはまあ、男の感覚というやつなのかもしれない。花言葉なんかベタベタで、忠太に明かされる前にわかってしまったのだが、ああいう恋愛表現もまた良いものだと思う。昔見た僕の好きなアニメにも似たようなものがあった(そちらでは、花言葉は秘密にされた)。
 
マンプクが女に惚れる→子どものあやし係になる→その子どもが女の子どもである(惚れた女が既婚者)というネタは、あってもなくても良かったと思う。こういう「惚れた女に子どもがいることで恋が破綻したことを示す」表現ってよくあるけれど何か元ネタがあるんですかね。
 
原作では、最初の倉庫でのガンバとヨイショの格闘シーンで、かなりガンバが善戦したと思う(今確認したが、引き分けであった)のだが、映画ではヨイショがガンバを圧倒する。そして、ガンバはなんとかヨイショの脚に組みつき、たまたまヨイショが足元に転がっていたピーナッツを踏んで転ぶことで、ヨイショを倒し、ガンバはヨイショに認められる。これは、その後すぐにヨイショがノロイから逃げ出したことを明かすことで、ガンバより圧倒的に強いヨイショ、ヨイショより圧倒的に強いノロイ、という形で絶望感を与えるためのものであり、子ども向けにわかりやすい流れとなっていた。
 
このように、原作小説から改変されたもの、付け加えられたものがあるのだが、原作をそのまま見たかったという我儘な感情を抜きにすると、これらの映像表現はほぼ成功している。この作品はとてもしっかりした映画であるので、ぜひ多くの人に見てもらいたいし、これを機に原作小説にも触れてほしい。
 

 

冒険者たち ガンバと15ひきの仲間 (岩波少年文庫044)

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