映画『マリアンヌ』感想 -歴史とエンターテイメントの間隙-

ある人の薦めで映画『マリアンヌ』を見ました。以下ネタバレ全開で語るのでもしネタバレが嫌な人がいたら読まないでください。

 

 

面白く見られましたが、納得いかないところと残念なところ、その奥底にある絶望がありました。前半ではこの映画のバカさについて語ります。後半では絶望について語ります。

 

この映画、設定も知らずに見たのですが、第二次世界大戦下で工作員が夫婦のフリをして、恋に落ちて本当に夫婦になっちゃうというのが導入部分です。映画の3分の1がそれです。ここはね、ベタベタで呆れますよ。ブラッドピットの拙いフランス語が僅かに出てきますがそれだけが萌え部分です。なんだか、戦時下を舞台にしながら、どうしようもなく普通の漫画的なノリなんですよね。この辺。砂漠の中でカーセックスするんですが、この砂漠がCG剥き出しだったり、工作員だから人殺しもするんですが、その銃撃戦に魅力が全然ありません。

 

じゃあこの映画は何なんだと思って見ていくと、結婚した女マリアンヌが実は敵国に情報を流しているスパイだと言われ、これがメインディッシュだとわかります。機関の命令でブラピが偽の暗号をメモし、これに釣られてドイツ軍が偽の情報を掴んだら妻は工作員なので殺す、そうならなかったらセーフ、という状態になります。しかし、妻の無実を信じたいブラピは一人でなんやかんやするわけです。

 

そして、これがこの映画のバカさなわけですが、妻がスパイなら殺す、妻がスパイじゃなかったらセーフ、となって、ブラピが「妻がこれをできたらセーフ、できなきゃアウトだ」という情報を掴みます。この情報を手に入れるまでに味方の兵士を一人殺し、更にドイツ軍との間で余計な戦闘を起こしています。そして運命の瞬間、妻は……スパイだとわかりました。

ここでブラピ「じゃあ一緒に逃げよう」はぁ?妻がスパイでも殺さず一緒にいるつもりなら、初めからスパイかどうかを探るのにこんな負担をかけるなよ!人が死んでるんだぞ!

もうね、バカ映画ですよ。僕はね、このシーンで「マリアンヌはスパイとして優秀なため、ピアノが得意という情報も知っていてラ・マルセイエーズを完璧に演奏して成りすます」とか、あるいはその後のシーンで「ブラピの組織への忠誠を試すために仕組んでやっていたことであり、組織の命令に背こうとしたブラピがマリアンヌに殺されエンド」とか想像してるわけですよ。そういうどんでん返しは何もなし。ただマリアンヌが脅されて情報を流していたという単純な話。最後は追い詰められたマリアンヌが子どもをブラピに託して自殺。終わり。ブラピと子どもは幸せに暮らしましたとさ。終わり。なんだそれ。ブラピはあれだけ命令に背いたのに、上官の心遣いで「妻が工作員であることを知ってブラピが殺した」と嘘の報告を作らせて終わってるわけです。なんか、納得いかないですよね。

 

 

ここから後半の話になります。この映画は徹底したエンターテイメント路線なのですが、実際の戦時下を利用したフィクションであるために、あんまり都合のいいことばかり見せないようにはしているんです。特にこの映画で一番魅力的なシーンは、ブラピが妻の情報を探しに病院に行くところ。ブラピは大佐として、自分が戦地に送って負傷させた部下のもとに行って、妻の写真を見せてこれは◯◯か?と質問するわけです。よく行けるよなと思いますが、ここで部下が「お前のせいで俺は目が見えなくなったんだ 知らないのか」とブチ切れるわけです。平気で部下を危ない目に遭わせていることへの自覚に欠けるブラピと、実際に現場でひどい目に遭っていた兵士との素晴らしい対比になっているんですよね。実際の戦時下を舞台にしているので、そういう描写も混ぜているわけです。

また、ドイツ軍と遭遇してしまうところも、自分が「敵の監獄にいる酔っ払いに妻の写真を見せて名前を聞く」とかいうバカげた用事のために行っているのにもかかわらず、そのせいで戦闘になったドイツ軍の戦車に手榴弾を投げた上に、戦車の中にいる瀕死のドイツ兵におもいっきり銃撃して惨たらしく殺すわけです。このシーンは先程のシーンほど意図的かどうかはわかりませんが、平気な顔をして人を殺す戦時下の異常さが滲むシーンだと私は感じました。

このような歴史を直視した人殺し、上官が部下の命をないがしろにする姿は、戦時下を舞台にした作品として真っ当な要素ではあると思うんですよね。だから、これをあえて描かずにブラピが清潔なスーパーヒーローみたいな扱いにしたら、それは不誠実な作品だとは思うわけです。

しかし、同時にこの作品は徹底的なエンターテイメントであるため(もちろん実話ではないし、戦争の悲惨さを伝えるための作品でもない)最後にブラピは子どもと幸せに暮らしましたとさ、で終わるわけです。歴史の舞台について嘘ばかりにせず、上司が部下の命を粗末にしたりする姿を描くことで、逆にエンターテイメントとしてはそれはどうなのという表現を生み出しているんです。そういうどっちつかずにも思えるところが、実在の戦時下を舞台にしてエンターテイメント作品を作ることの、そもそもの不可能性を示しているようで、なるほどなと思えました。

 

とにかく写真を託されてドイツ軍に殺された兵士が本当に可哀想だった。ブラピの指令を受ける前に、トイレで吐いてるんですよね。死と隣り合わせの任務を前に吐いているわけです。そんな自分の部下を「妻への愛」なんかを理由に身勝手に殺して、自分だけはのうのうと子どもと幸せに余生を過ごす。これが上官と部下というものの関係なんですよ。絶望しかないです。